#1 起床:業務内容の説明
私は深い微睡の中にいた。
……私はいつ起きたのだろう、私はいつ寝たのだろう。
そして、目の前の白衣の髭を生やした男性は誰だろう。私は誰だろう。
周囲を見渡せば白いタイルが張られた研究室の一角のような光景だ。
目の前の男性はあなたをじっと見つめ、何かを待っている。
会話が必要、らしい。とりあえず口を開くことにした。
「……えーっと……おはようございます。」
「ああ、おはよう。正確には午後1時20分だけどね。まずは…自分のことは覚えてるかい?」
「……いいえ、覚えていません。それにここがどこなのかも、何もかもを覚えていません。」
「……ふむ。」
顎に手を当て考えるようなそぶりを見せた。まさしく研究者、というような動きにステレオタイプな面白さを覚えたのは私がそういった幼稚さを残した人格だからなのだろうか。
「では。あなたについて、そしてあなたの業務内容についてお教えしましょう。」
考えるような素振りとは裏腹に、これも想定のうち、というように白衣の男性は説明を始めた。
「まずはあなたについてだね。あなたの名前は"本目 きゅう"、ここの研究所の所長の娘だ。」
「きゅうは好奇心旺盛な16歳の女子、今は高校生として学校へ通う一方、この研究所で実験の一部を担当していて、給与を受け取ってる、所謂バイトだね。そして……」
できるだけフレンドリーに説明しようとする意思は伝わるが、微睡から覚めたばかりの脳にはすぐには入りにくい。
「えっと、その……頭がまだ冴えなくてですね、箇条書きのように切り出す形で説明いただけますか?」
その言葉を聞いた男性はメモ帳を一枚切り取り、箇条書きしつつ説明をしてくれた。
「名前、本目きゅう。ここの所長の娘。16歳女性。学生かつ研究者の卵。」
「次、ここについて。」
「怪異・異常存在に関する研究所。研究対象は何体かこの中に住んでる。怪異には意思があって会話できる。」
…怪異?異常存在? そんな非現実的なものがあるのか?少しづつ輪郭を捉える脳がそんな疑問を呈した。
「非現実的な、荒唐無稽なお話に聞こえます。」
「……脳が冴えてきたようで何よりだ。でも、逆に聞こう。」
「君は花瓶に花が生けられていたとして、花がなぜここにあるのか疑問に思うのかい?」
どこか遠回しの言い回しが自分の思考を掻き立てる。だが一向に答えは見つからず、男性から伝達される情報だけがどんどん増えていく。
「次に…君の業務内容についてだ。君は怪異・異常存在との会話・交流を行いその怪異の人格、特徴などを把握し、相手を知ることだ。」
「君と関係のあった怪異もいるが…会うのは最後にした方がいいだろう。」
関係のあった怪異。かつて働いていたのなら当然いるだろうが、なぜ私は記憶を失ったのか?なぜ会うのは最後にした方がいいのか?と疑問は止まない。
「……私はなぜ記憶を失ったんですか?」
「さぁね。だが強いて言えば、だが黄身が裂けてしまったようなものだ。殻がまだ割れていなかったのに。不幸な事故だったね。」
この男性は余計理解しにくくさせるような比喩で話をぼかそうとしてくる。輪郭を捉え始めた脳が思考を進めていく。
「おーっと待った。これ以上詮索・思考するのはやめだ。自室を教えるからそこに一旦戻りな。」
「戻った後にまた何かあったなら俺を呼べ。"辺見"だ、覚えてくれよ。」
急に砕けた、勢いをもつ言葉で静止された。が、一方で辺見と名乗る男性の持つペンは駆け回り、
これまでの会話記録・地図情報などを丁寧にまとめ上げていく。
「ほーら、帰った帰った。本来の記録はきゅうの仕事であって俺の仕事じゃない。頼むよ。」
文句を言うように優しく促され、私は席を立ち自室へ向かった。